ドコモを使っていた頃、わたしはずっと「これでいいんだ」と思っていました。
昔から使ってるし、お店もあるし、何かあったら相談できるし。多少高くても、その安心料だと思えばって、自分にそう言い聞かせていたんですよね。
今思えば、変えるのがこわくて、高いままでいる理由を一生懸命さがしていただけなのかもしれません。
実際、まわりにもそういう人は多くて。「気にはなってるんだけどね」「めんどくさそうだし」って言いながら、結局みんな何年も同じまま。
だから余計に、「うちもこのままでいっか」って思えてしまっていたんです。みんなで渡れば、っていうやつですね。
「安心料」だと思っていた金額を、あらためて見てみたら
ある日、ふと家族全員分のスマホ代を足し算してみたんです。
きっかけは、ほんと些細なことでした。子どもの習い事の月謝の引き落としを確認していて、ついでに通信費の欄が目に入って。なんとなく、家族みんなのぶんを足してみよう、と電卓を出したんです。
……正直、固まりました。
一人ぶんだと「まあこんなものか」って流せていた金額が、家族の人数ぶん重なると、とんでもない数字になっていて。
これ、一年分にしたら一体いくら払ってるんだろう、ともう一度電卓を叩いて、画面に出た数字を見て、さらに固まりました。
その金額があれば何ができたかな、って、つい考えちゃったんですよね。家族でちょっとした旅行に行けたかも。
子どもの欲しがってたものを、ためらわずに買ってあげられたかも。その「安心料」、ちょっと高すぎませんか、と。当時のわたしに肩を叩いて言ってやりたいです。
でも、です。じゃあすぐ変えよう、とはならなかった。やっぱりこわかったんですよ、いろいろと。電卓を引き出しにしまって、その日はそれで終わり。結局またしばらく、見て見ぬふりをしていました。
こわかったこと、ぜんぶ書きます
正直に、当時のわたしが何をこわがっていたか、ぜんぶ書きますね。
きっと、今これを読んでくださっているあなたも、似たようなことを思っているはずだから。
まず、電波。安くなるってことは、その分つながりにくくなるんじゃないの、と。外出先で圏外だらけになったらどうしよう、子どもと連絡が取れなくなったら困る、って本気で心配していました。
次に、LINE。家族のトーク、子どもの小さい頃の写真、ママ友とのやりとり。何年分も積み重なったあれが、もし全部消えてしまったら。想像しただけで、もう無理、ってなる。
そして、手続き。横文字だらけの説明を読んで、途中でわけがわからなくなって、スマホが使えない宙ぶらりんの状態になったら。
そうなったとき、誰に聞けばいいんだろう。夫はあてにならないし。そんなことばかり考えて、想像のなかだけで勝手に疲れていました。
このどれか一つでも「わかる……」と思った方。だいじょうぶです。わたしも全部、まるごと同じでした。だからこそ、あなたの不安が手に取るようにわかるんです。
やってみたら、こわがっていた自分がちょっと恥ずかしくなった
結論から言うと、こわがっていたこと、ほとんどぜんぶ杞憂でした。
電波は、ほとんど変わりませんでした。あとから知ったんですけど、多くの格安SIMは大手の電波をそのまま借りて使っているんですね。
通っている道が同じだから、急につながらなくなる、なんてことは基本ない。普段どおり、いつものスーパーで、いつもの公園で、いつもどおりつながっています。
あれだけ電波の心配をしていたのに、変えたあと「そういえば全然気にならないな」と気づいたときは、ちょっと笑ってしまいました。
LINEも、ちゃんと残りました。乗り換える前に「引き継ぎ」の準備だけしておけば、トークも友だちも写真も、そっくりそのまま。
子どもの寝顔の写真も、一枚も欠けずに残っていて、心からほっとしました。ここだけはひと手間を惜しまないでくださいね、ってことだけ、声を大にして言っておきます。
手続きは……拍子抜けするくらい、あっさりでした。夜、子どもを寝かしつけたあと、リビングで麦茶を飲みながら、家でぽちぽち進めて。
途中「あれ、これで合ってる?」って手が止まった瞬間はありましたけど、ひとつずつ順番にたどっていったら、いつの間にか終わっていました。あれだけ何ヶ月も身構えていたのは何だったんだ、って。気づいたら終わってた、に近いんです、ほんとに。
変えて、わたしが「手放せた」もの
で、肝心の中身です。
毎月のスマホ代は、想像していたよりずっと軽くなりました。新しい明細を初めて見たとき、思わず二度見したのを覚えています。「え、こんなに違うの?」って。一瞬、何かの間違いかと思ったくらいです。
でも、ほんとうに変わったのは、金額だけじゃなかったんです。
あの、明細を見るたびの小さなため息。「高いなあ」っていう、月に一度のもやもや。月末が近づくとなんとなく気が重くなる、あの感じ。それが、まるごと消えました。スマホ代のことで気を揉む時間が、わたしの暮らしからすっぽり無くなったんです。
手放せたのは、お金だけじゃなかった。あの地味で、でも確実に毎月のしかかってきていた憂うつのほうだったんだな、って今は思います。家計簿を開くのが、前ほど憂うつじゃなくなった。たったそれだけのことが、思っていた以上に、毎日を軽くしてくれました。
浮いたお金で、その月は家族で回らないお寿司に行きました。下の子がサーモンばっかり五皿くらい食べていて、「そんなに食べたら明日お腹こわすよ」なんて言いながら、わたしは内心、けっこうじーんとしていたんです。
ああ、こういうことがしたかったんだよなあ、って。たいした贅沢じゃないんです。でも、こういうささやかな「いいよ」を、ためらわずに言える。それがどれだけ嬉しいか、やってみて初めてわかりました。
あの日のわたしと同じ場所にいる、あなたへ
もし今、あなたが昔のわたしと同じように、「高いな」と思いながらも、不安でなかなか踏み出せずにいるなら。
その気持ち、痛いほどわかります。こわいですよね。めんどくさそうですよね。わかります、ぜんぶ。わたしもそうでしたから。
でも、ひとつずつ分けて考えれば、こわいことなんて、ほんとに何もないんです。電波のことも、LINEのことも、手続きのことも、これからぜんぶ、順番にお話ししていきますから。あなたは、ひとつずつ、わたしの隣でうなずいてくれるだけでいい。
となりに座って、一緒に明細をのぞき込むような気持ちで。これからも、ぼちぼちお伝えしていきますね。
あの日のわたしのため息が、あなたのため息と同じものなら。
その肩の力が、ほんの少しでも、抜けますように。